増える逆パワハラ。経営者がとるべき選択とは?

強く当たってくる部下の対応
波戸岡弁護士のコメント

部下が上司に対して行うパワハラ、通称「逆パワハラ」が増加しています。
実際、私のもとにも逆パワハラのご相談が増えています。
本来、パワハラに正も逆もないのですが、ここでは部下から上司に対するパワハラを逆パワハラと呼びます。
なぜこのようなケースが増えているのでしょうか。

逆パワハラが増えている背景は?

「上司の萎縮」

これが、逆パワハラが起きる原因の一つになっています。
これだけ「パワハラはいけない」という考え方が普及すると、かえって上司としては「なんでもかんでもパワハラになってしまうんじゃないか…」と不安を覚えてしまいます。
また、経験値や年齢の面で部下の方が上だったりすると、これも上司にとっては心理的なハードルになるといえるでしょう。

と同時に、ネットの普及などにより、(残念ながら)自分に都合のよい情報だけを集めた部下が、上司に強く当たってくるケースも増えています。
こうした背景から、上司の萎縮に乗じて強く当たる部下が増えており、逆パワハラが増えていると考えられます。

上司はパワハラの訴えにおびえる必要はない

パワハラ防止が広く叫ばれるようになって久しいですが、同時に、管理者側にとって、どこからがパワハラなのかが分からなくなっていることが多いです。

その結果、これまでの自分のマネジメントにも懐疑的になってしまい、部下に対する適切な指導ができなくなっているケースが増えています。
もちろん、過度な叱責だったり、人間性の否定は許されませんが、業務上の必要かつ相当な範囲内における指導は、管理者として適切な行為です。
業務上適切な範囲内における指導行為はパワハラには当たらない、と認識することがまず必要です。
パワハラの定義については、こちらの記事にまとめましたのでご覧ください。

→(関連記事)まさか自分がパワハラ上司? 一体どこからパワハラなのか?

「パワハラにならないように気を付けよう」、「今までの指導は間違っていたのだろうか」→部下への指導やコミュニケーションに消極的になってしまう

現場で起きている逆パワハラ事例

逆パワハラは上司に強い口調で迫るものばかりではありません。
ネチネチと自分の権利を主張し続けて、これにより上司が精神的に参ってしまうこともあります。

「責任取れるんですか」社員

コロナ禍以降、リモートワークを導入する会社が増えました。
A社も、週4日のリモートワーク、週1回の出社に制度を切り替えました。
業種柄、完全にリモート化することが難しいため、社員がローテーションで出社している状態です。

ところが、ある社員Bは「私は絶対に出社しません。何かあったら責任取っていただきますからね」と言っています。

少ない社員で出社を回しているため、Bだけローテーションから外すわけにもいかず、電車通勤が嫌ならば車通勤もできるように、社内規程を変えて対応しようとしました。
しかしBは車通勤を始めたものの、会社指定の駐車場ではなく、会社近くの金額上限のない駐車場に停め、「会社は当然支払うべきでしょ。社員が危険な目にあってもいいんですか」と要求。経営陣はその対応に困ってしまいました。

波戸岡弁護士のコメント

〔波戸岡の見解〕
この場合、会社はBさんの言いなりになる必要はありません。
雇用契約のなかでリモートワーク限定の約束をしているのでなければ、出社を命じることはできますし、交通費に上限を設けることも可能です。
会社として従業員の健康や安全に最大限配慮しているのであれば、安全配慮義務は尽くしているため、この社員の主張に会社が怯え、頭を悩ませる必要はありません。

ただ、頭ごなしに否定してしまうと事態をややこしくしてしまう可能性もあるので、伝え方には注意が必要です。

「退職強要ですよ」社員

とある法人に経験豊富なシニア社員が入社しました。
ところがこの社員は、入社してすぐ経営陣の悩みのタネとなりました。

入社時に用意した部門長室を自室のように使い出すようになり、スタッフに向けて、ことあるごとに経営陣の悪口を言うようになったのです。実務経験が豊富ということもあり、他のスタッフへの影響も強く、組織の統制が取れなくなることを、理事長は危惧されていました。

他のスタッフからハラスメントの苦情が増えてきたので、辞めてもらうことを考え始めましたが、どうすればいいか分からず困ってしまいました。

波戸岡弁護士のコメント

〔波戸岡の見解〕
「社員は辞めさせられない」と誤解している経営者も少なくありません。

たしかに法律上、解雇のハードルは高いですが、「社員に退職を勧める」いわゆる退職勧奨を行うことは、違法ではありません。

本ケースでは、まずこの事務局長に退職勧奨を行うことを勧めました。

面談の機会を設けて、
「◎月◎日をもって退職してほしいと考えております。よく考えてきてほしい」と理事長が伝えたところ、
「私にやめろってことですか。退職を強要しているってことですよね。そんなことが許されると思っているんですか。どうなんですか!」と強い口調で質問責めをしてきました。

質問責めをしてくる社員に対しては、「こちらの言葉尻をとって責めてくるため、不用意に言い返したり、挑発に乗ってはいけない」と、経営陣に事前にお伝えしていたため、その場では質問には答えず、あくまでこちらの考えを伝えるだけにとどめました。そして翌月、その社員は自ら会社を退職することになりました。

逆パワハラ解決までの手引き

逆パワハラという言葉はまだ一般的ではなく、逆パワハラと言える状況が起こっていても、企業や経営者の方は誰に相談していいか分からないことも多いようです。
そこで、逆パワハラの相談をお受けしている波戸岡の場合、どのように解決まで導くのかをお伝えします。

STEP1:ヒアリング

現在、逆パワハラ的な行動をとっている社員が、初めからそんな問題社員だったかというと、必ずしもそうではないケースも多いです。
そのため、いつ頃からそういう行動・言動をとるようになったのか、原因はどこにありそうか、時系列で状況をヒアリングをさせていただきます。そして、会社として問題視している発言や行動を掘り下げてお聞きし、証拠になるものがあるか、証拠に残せそうなものがあるかのアドバイスをします。
その上で、該当社員が逆パワハラのどういう類型に当たるのかを踏まえて、対応策を検討します。

→(関連記事)逆パワハラ社員の3類型。それぞれの対応策を解説します。

STEP2:後方支援

状況をヒアリングした後に、いきなり弁護士である私が出てしまうと相手は態度を硬化させてしまい、関係性がさらに悪化するリスクもあります。ですので、私が差し上げるアドバイスをもとに経営陣や管理職の方にアクションしていただく、いわば後方支援からスタートします。
具体的には、どういうメッセージを、どの媒体(メール・書面・口頭など)で、どんなシーンで伝えるべきなのかお伝えします。
また、コンタクトを取る際の接し方や伝え方についても、交渉学の観点からアドバイスいたします。

STEP3:立ち会い・同席

後方支援では状況が改善しそうにない場合(感情的に限界が近づいている、相手が法的知識を振り回すので対応が不安など)は会社の顧問弁護士あるいは法律顧問として立ち会います。
私が議論を主導しすぎると、やはり相手は態度を硬化させてしまうリスクがあるので、まずは議論が不穏当に進まないよう整理する役割を果たします。

STEP4:代理人として対応

同席だけでは状況が進展せず、会社としても手に余る場合は、私が代理人として直接該当社員とのやり取りを行います。
この状況になると、お互いに歩み寄るというよりは、いかに両者の関係性を終わらせるかという方向性に、より舵を切ることになります。

現在は逆パワハラ社員と認識している相手でも、状況を整理してコミュニケーションを図っていくと、実は「会社を困らせてやろう」と思っている訳ではないというケースも見られます。
ですので、今後の関係性をできれば改善したいとお思いの場合は、STEP1から進めていくことをオススメしています。
その上で、STEP2・3に進む際は、情を大切にしながらも、同時に、情に振り回されないよう進めていくことが必要です。
逆パワハラ社員との絡まった糸を解いてみると、相手も被害者だと感じており、しっかり話すことで変わることも多いので、その見極めは丁寧に行いたいところです。

それでももし解決が難しい、これ以上この社員が在籍していると、会社やほかの社員への影響が無視できない……。
という場合に懲戒という選択肢があります。

最終手段!?逆パワハラ社員を懲戒解雇することはできるのか

逆パワハラ社員となんとか話し合いの場をもってみたものの、平行線。
退職勧奨も不調に終わってしまった。
このように会社として向き合ってみたものの、問題解決に至らなかった場合、「なんとか懲戒解雇ができないものか」と考える経営層は少なくないと思います。これに関して日本の労働法制は、懲戒解雇にかなり厳しい姿勢を取っていますが、かといって決して解雇ができないというわけではありません。
一定の条件を満たした上で正当な手続きを踏めば、懲戒解雇ができる場合があります。

懲戒解雇が成り立つケースとは?

会社が社員に科す懲罰の中で、懲戒解雇は最も重い処分となります。
たとえば国の秩序を乱せば刑罰が科せられますが、刑罰に種類や段階があるように、懲戒処分にも以下のような種類と段階があります(下にいけばいくほど重い処分となります)。

  • 1. 戒告
  • 2. けん責
  • 3. 減給
  • 4. 出勤停止
  • 5. 降格
  • 6. 論旨解雇
  • 7. 懲戒解雇

このように刑罰と同様、企業秩序を犯せば懲戒処分が科せられることになっています。
このうち懲戒解雇は、社員へのペナルティとして会社が一方的にその地位をはく奪することであり、その処分の重大性から、懲戒解雇には厳格な要件や手続きが必要となります。

懲戒解雇が成立する要件は4つ

懲戒解雇が有効となるには、以下の4つの要件が全てそろうことが必要です。

要件1:根拠規定(就業規則に懲戒処分となる行為を明示してあるか)
…会社ではどういった行為がペナルティの対象となるかを、就業規則に予め定めておく必要があります
要件2:懲戒事由該当行為(本当にペナルティに当たる行為を行ったのか)
…懲戒処分に当たるペナルティ行為が本当にあったのかどうかを認定する必要があります
要件3:弁解の機会
…手続きの公正さを確保するために、本人の言い分をしっかり聞く場を設ける必要があります
要件4:処分の相当性(やってしまった行為と懲戒の均衡が取れているか)
…おかした行為と受ける処分のバランスが取れている必要があります

繰り返しになりますが、懲戒解雇は会社が下す罰則の中でも非常に重い処分です。
それゆえ、懲戒解雇は会社側の必要以上に大きい処分とならないよう、注意しなければなりません。
以下では、懲戒解雇とすべきかどうか悩ましい事例を2つ紹介します。

社員が会社で不正行為をしていた

取引先企業から会社を通さずに直で仕事を受けていた、
就業規則で禁止されている行為(競合ビジネスへの関与など)が見られたなど、
会社のルール違反や秩序を乱す行為や、会社に損害を与える不正をしていた場合、懲戒解雇は有効なのでしょうか。
こういうケースの場合、問題行為の重大性や継続性、会社への影響度合いが主な判断基準となります。

社員が犯罪行為を犯した

社会的に罰せられる犯罪行為を犯してしまった場合、会社としてはどう対処すべきなのでしょうか。
たとえば交通事故の場合をみてみましょう。
過失で人にけがをさせてしまった場合と、飲酒運転で加害者になってしまった場合とでは、会社の業務への支障や、会社の信用度への影響などはかなり異なってきます。
犯罪行為は社会秩序を乱す行為ですが、会社側としては、“その犯罪行為によって企業秩序が乱されたか”がポイントとなってきます。犯罪は社会的に罰せられる行為ですが、かといって自動的に懲戒解雇にできるわけではなく、

  • ・それによる会社の被害はどれほどなのか?
  • ・企業秩序はどの程度乱されたか?

といった観点から懲戒解雇の有効性は判断されます。懲戒解雇は慎重に進めましょう。

これまで解説した通り、日本の労働法制は基本的に社員を保護する仕組みとなっています。
また、仮に上記の4要件を満たしていると会社が判断しても、準備不十分で臨んでしまえば、労基署に申告されたり、労働審判や訴訟を起こされたりして、事態が長期化、煩雑化しかねません。
労働審判や訴訟が長期化すれば無用に時間を奪われますし、経営陣や担当者が気持ちをすり減らしてしまっては元も子もありません。ほかの社員へ悪影響も避けたいところです。

波戸岡弁護士のコメント

懲戒解雇を推し進める場合は、弁護士に相談しながら慎重に対処することをおすすめします。
私も顧問先から懲戒解雇に関する相談を受けることが度々あります。
私は「わかりました、進めましょう」と安請け合いするのではなく、懲戒解雇を進めることで生じるリスクや労力についても慎重に考慮しながら、一緒に解決策を考えさせて頂いております。

大事なことは、企業の未来にとって必要な選択肢を取ることです。
依頼者の気持ちや意向を尊重しつつも、時に第三者の目線から真剣に向き合いたいと思います。
逆パワハラという行為は、企業の基盤や未来を揺るがしかねない行為です。こちらが消耗してしまう前に、共に解決していきましょう。

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パワーハラスメントについて、定義、判断基準、気を付けたいポイントの説明から、その予防解決のための提案までご説明いたします。パワハラを防ぐには、社員一人一人の意識と、会社としての対応が重要です。

私は、顧問弁護士としてのアドバイスはもとより、企業研修や勉強会も行っており、今回のテーマでもある「パワーハラスメント」対策セミナーも取り扱っています。
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