『座右の世阿弥』に学ぶ、不安の時代を生き抜く29の知恵

あなたは、どのような舞台に立っていますか?

変化が激しく、正解の見えない時代に、私たちは毎日何かしらの判断を迫られています。職場で、会議で、取引先との場で、私たちは知らず知らずのうちに「舞台」に立ち、演じ、見られているのです。

このような時代にこそ、600年前の言葉が驚くほど現代的に響きます。
本書『座右の世阿弥』(齋藤孝著)は、能の世界で知られる世阿弥の言葉を、ビジネスの現場や日常生活にも応用できる形で再構成した一冊です。

本稿では、世阿弥の29の教えをテーマごとに読み解き、実際のビジネスシーンと重ねながら、現代に生きる私たちがどのように「自分という舞台」を演じていくかを考えていきます。

Ⅰ. 心をつかむ ― 自分という「花」をどう咲かせるか

「秘すれば花」

花は隠しておくことで、美しさが際立ちます。
すべてを見せるのではなく、あえて語らず、見せずにおくことで、相手に想像の余地を与えることができます。プレゼンや会話でも、語りすぎるよりも、「あえて語らない」ことで印象が強く残ることがあります。

▶︎ 実例:商談を制した“続きを語らせる”ひとこと
若手社員がクライアントへのプレゼンで、全スライドを丁寧に解説しましたが、反応はいまひとつでした。次回、上司の助言を受けて「詳細はお打ち合わせでご説明いたします」と伝えたところ、相手は興味を示し、次の面談の約束が即座に決まりました。
すべてを伝えきらず、余白を残すことが、信頼を生むと実感した瞬間でした。

「花と、面白きと、珍しきと、これ三つは同じ心なり」

変化し続ける自分が、面白さや魅力の源になります。
同じやり方を繰り返すことは安定をもたらしますが、やがて相手を飽きさせてしまうことにもつながります。常に新しさや意外性を織り込むことで、自分という存在が花のように輝きます。

▶︎ 実例:営業トークをアレンジする工夫
商談の場で、毎回同じトークを繰り返していた営業担当者が、次第に契約数を減らしていきました。後輩は、相手企業の業種や最近のニュースにあわせて話題を変えるなど工夫をしていたところ、商談の盛り上がりが段違いだったそうです。
常に「新しさ」を意識することが、顧客の心をつかむ力になると感じた事例です。

「時に用ゆるをもて、花と知るべし」

どんなにすばらしいスキルや知識も、その場にふさわしいタイミングで使われなければ効果はありません。
今、目の前の相手に何が必要かを見極め、その瞬間に応えることが「花」になります。

▶︎ 実例:資料ミスから生まれた即興の信頼
記者発表会で資料に誤りが見つかり、広報担当者は焦りましたが、「今求められているのは、資料ではなく内容の理解だ」と判断し、急きょホワイトボードで説明を行いました。
結果的に、記者からは「臨機応変で頼れる会社だ」と評価され、信頼を得ることにつながりました。

「一切の事に序破急あり」

物事にはリズムがあります。
導入(序)・展開(破)・結末(急)の流れを意識することで、相手に伝わりやすくなります。
企画書でもプレゼンでも、起承転結の「間」があるだけで、理解度も納得感も高まります。

▶︎ 実例:構成を整えたことで伝わった提案
製品改善案のプレゼンで、いきなり問題点の詳細から入り、聞き手の興味を引けなかった社員がいました。
先輩に「序破急の流れをつくってみたら?」とアドバイスを受け、次の提案では、導入で課題を提示し、中盤で原因を語り、最後に解決策を語る構成に変更したところ、会議全体の反応が大きく変わりました。
伝え方に“リズム”をつけるだけで、相手の理解と共感が大きく変わることを実感したのです。

 

Ⅱ. 空気を読め ― 他者の目で自分を見よ

「離見の見」「目前心後」

自己を客観視せよ。
「離見の見」とは、自分自身を他者の視点から見る力のことです。また「目前心後」は、目は前方を向いていても、心は後方から自分の姿を見つめている状態を指します。この二つの感覚を持てる人は、自分の行動や態度を冷静に見直すことができ、着実に成長していけます。

▶︎ 実例:自分の営業動画を見て学んだ改善点
ある営業担当者が、自分の商談の様子を録画して見返したところ、相手の話を遮るような場面が多いことに初めて気づきました。自分では丁寧に話しているつもりでしたが、映像を通して見ると、話すテンポが速く、相手の表情も硬くなっていたのです。
この経験をきっかけに話し方を見直したことで、商談の成約率が上がったといいます。自分を外側から見る視点は、改善の出発点になります。

「動十分心、動七分身」

心は十分に動かし、体は七分に動かす。
内面は情熱を燃やしながらも、表現はあえて抑えることで、余韻や深みが伝わります。ビジネスの現場でも、激しい感情をぶつけるより、丁寧に制御された行動のほうが、相手の信頼を得やすいものです。

▶︎ 実例:感情をコントロールして信頼を得たクレーム対応
ある顧客対応の場で、怒りをぶつけるクレームに直面したカスタマーサポートの担当者がいました。内心では強く反発したくなるような内容でしたが、相手の話を聞き切り、必要な情報を整理して、落ち着いた声で応じたことで、顧客は態度を軟化させました。
後日、その顧客から「誠実に対応してもらった」と感謝の言葉をもらい、対応の姿勢そのものが信頼をつくるのだと実感したそうです。

「諸人の心を受けて声を出だす、時節感当なり」

相手の心が向いたときこそ、最良のタイミングです。
「今、自分が言いたいから話す」のではなく、「今、相手が聞く準備ができているか」を見極めることが大切です。タイミングを読む力は、伝える力の一部であり、成功の鍵となります。

▶︎ 実例:空気を読んで再提案したアイデアが即決
ある課長が新しい施策の提案を役員会で行いましたが、その日は議題が多く、メンバーの関心も他に向いていたため、スルーされてしまいました。
翌週、関連するトラブルが発生したタイミングで、課長は再び提案を出したところ、「まさに今必要だ」とその場で採用されました。内容は同じでも、「今なら聞いてもらえる」という“間”を読む力が、結果を分けたのです。

「先づ聞かせて、後に見せよ」

まず耳に、次に目に訴える順番を意識しましょう。
人は、まず“音”で世界をとらえます。最初に言葉で伝えてから、視覚に訴えることで、理解がスムーズになり、印象にも残ります。プレゼンや説明の際は、「話す → 見せる」の順序が効果的です。

▶︎ 実例:資料に頼りすぎた説明を見直して成果向上
ある社員が、営業説明の際に最初から資料をめくりながら説明していましたが、「何を伝えたいのか分かりにくい」と言われることがありました。上司のアドバイスで、「まず言葉で概要を語り、あとから資料で補強する」構成に変えたところ、相手の理解度も興味の度合いも格段に上がったそうです。
話すことで“導入”をつくり、見ることで“確信”に変えていく流れが、相手の記憶に残る秘訣です。

「一切は、陰陽の和するところの境を成就とは知るべし」

陰と陽、動と静など、相反する要素のバランスが調和を生みます。
一方に偏らず、対立するものを合わせ持つことで、全体の完成度が高まります。仕事でも、スピードと丁寧さ、挑戦と安定など、相反する要素の両立を意識することが大切です。

▶︎ 実例:スピード感と慎重さの両立が導いた信頼
プロジェクトの納期が差し迫るなか、あるリーダーは、タスクの優先順位を見極め、即断すべき部分は即断し、リスクが高いところは立ち止まって確認するというバランスを取りながら進めました。
その結果、納期は守りつつ、品質にも妥協しない成果を出すことができ、上層部からの信頼を得ることにつながりました。
「早さ」と「正確さ」という陰陽のバランスが、プロジェクト全体の完成度を押し上げたのです。

 

Ⅲ. 上達を極めよ ― 成長とは“初心”を持ち続けること

「一期の境ここなり」

ここだ、というときに胆力を発揮することが求められます。
一生に一度の勝負の場という意識を持つことで、自然と覚悟が定まり、全力を尽くすことができます。ふだんの準備と冷静な判断力も大切ですが、最後に問われるのは腹を括る力です。

▶︎ 実例:新規事業の責任者に抜擢された30代社員の決断
ある社員が、会社の新規事業プロジェクトのリーダーに選ばれました。経験の浅さから不安を抱えていましたが、「ここで断ったら、もうこんなチャンスはない」と思い直し、覚悟を決めて引き受けました。
実行段階では、さまざまな壁にぶつかりましたが、彼の覚悟と判断力がチームを支え、プロジェクトは成功を収めました。 「あのときが人生の“一期”だった」と、彼はのちに語ったそうです。

「是非初心不可忘、時々初心不可忘、老後初心不可忘」

初心は一度だけでなく、三たび思い出すものです。
「是非初心」は、正しいか間違っているかを判断しようとした最初の初心、
「時々初心」は、節目ごとに改めて持ち直す初心、
「老後初心」は、年を重ねたあとにもう一度ゼロから学ぶ姿勢のことです。

▶︎ 実例:ベテラン部長が新人研修に参加し続ける理由
あるベテラン営業部長は、毎月の新人研修に欠かさず参加していました。「もう教える立場では?」と周囲は思いましたが、本人はこう語っていました。
新人の質問や反応に、いつも気づかされることがあるんです。初心に戻れるんですよ。
このように、ベテランになっても学び直す姿勢を忘れない人ほど、信頼と成長を重ねていくのだと感じます。

 

Ⅳ. 競争を生き抜け ― 自分の舞台を、自分でつくる

「能数を持ちて、敵人の能に変りたる風体を、違へてすべし」

自分の得意分野を知り、あえて他人とは違う戦い方を選びましょう。
相手の得意分野に乗って同じ方法で戦うと、比較されて劣勢になりやすくなります。むしろ、自分だけの特色を活かして、別の“土俵”を選ぶ戦略が有効です。

▶︎ 実例:大手と競争せず独自市場に特化した町工場の戦略
ある町工場は、大手と同じジャンルの製品で競争していたときは価格で勝てず、受注も伸び悩んでいました。そこで方向転換し、自社が得意とする「高精度・短納期」の分野に特化したところ、ニッチ市場からの注文が次々と入りました。
結果的に、大手からも下請け依頼が舞い込むほどの信頼を築いたのです。 土俵をずらすという世阿弥の言葉は、現代の事業戦略にも通じます。

「風体・形木は面々各々なれども、面白き所はいづれにも渉るべし」

人によってスタイルは違っても、学べる部分は必ずあります。
ライバルをただの敵として見るのではなく、自分にない魅力を吸収する存在ととらえることで、自身の幅も広がっていきます。

▶︎ 実例:競合展示会から学んで成果を出した若手チーム
展示会で、競合他社のブースが大盛況となっていたのを見て、ある若手社員は「なぜあそこまで惹きつけるのか」と真剣に観察しました。帰社後、レイアウト、パンフレット、接客フローなどを分析し、自社に取り入れる提案を行いました。
その結果、次回の展示会では、自社ブースも多くの来場者でにぎわい、大きな受注にもつながりました。
面白さは、味方にも敵にも学べるものだという教えが、まさに実践された事例です。

「衆人愛敬をもて一座建立の寿福とせり」

人を幸せにしようとする気持ちが、場の調和を生み出します。
一人の魅力で輝くのではなく、周囲と響き合いながら「場」を成立させることが、最も持続的で影響力のある働き方です。

▶︎ 実例:「この人がいると場がまとまる」と言われるマネージャー
あるマネージャーは、派手な成果を出すわけではありませんが、「この人と一緒に仕事がしたい」と言われる存在でした。会議では必ず発言のフォローを行い、意見が出にくい人に声をかけ、全員が安心して話せる雰囲気を作っていました。
その姿勢がチームの士気を高め、結果としてプロジェクトの成功率も高くなっていたのです。
「自分が目立つ」よりも「場を整える」という在り方にこそ、“一座建立”の本質があるのだと感じます。

 

終章:どんな花を、いま咲かせていますか?

世阿弥は、「花」とは一過性のものではなく、その人自身の生き方、振る舞い、関係の築き方から生まれるものだと語っています。

あなたが咲かせる花は、今日もまた少しずつ形を変えているかもしれません。
でも、その花が誰かを癒し、誰かの心を動かし、また誰かを幸せにしているとしたら、それはまさに「現代に咲いた世阿弥の花」です。

仕事も人生も舞台であり、そこに立つ私たちは演者です。
だからこそ、自分という演目を、納得のいくかたちで演じきる覚悟が問われているのです。

 

ここまで記事をご覧いただきありがとうございました。
少しだけ自己紹介にお付き合いください。
私は企業の顧問弁護士を中心に2007年より活動しております。

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私は法律トラブルに限らず、経営で直面するあらゆる悩みを「波戸岡さん、ちょっと聞いてよ」とご相談いただける顧問弁護士であれるよう日々精進しています。
また、社外監査役として企業の健全な運営を支援していきたく取り組んでいます。
管理職や社員向けの企業研修も数多く実施しています。

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波戸岡 光太 (はとおか こうた)
弁護士(アクト法律事務所)、ビジネスコーチ

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