『他者の靴を履く』とは何か-不確実な時代を生きるリーダーのためのエンパシー論-

あなたは最近、「他者の立場に立つ」ということを、どれだけ意識しているでしょうか。

会議で部下の発言を否定したとき、取引先とのすれ違いが起きたとき、SNSで見知らぬ他人を批判したとき……その瞬間に、相手の視点を思い描くことができていたでしょうか。

今回ご紹介するのは、ブレイディみかこ氏の著書『他者の靴を履く-アナーキック・エンパシーのすすめ-』。この一冊は、混迷の時代においてリーダーシップを取るうえで不可欠な「エンパシー=他者の経験や感情を想像する能力」について、鋭く、しかしあたたかく説きます。

シンパシーとエンパシーは違う

まず押さえておきたいのは、「共感」とひとことで言っても、“シンパシー”と“エンパシー”は本質的に異なるという点です。

  • シンパシー(sympathy):感情的な「同情」や「支持」。たとえば、被災地の映像を見て「かわいそう」と感じる気持ち。
  • エンパシー(empathy):相手の視点に立ち、「もし自分がその人の立場だったら」と想像し、理解する能力

ビジネスの現場では、「かわいそう」では人は動きません。必要なのは「理解された」と相手に思わせる力。つまり、エンパシーという能力をどれだけ持てるかが、信頼の基礎になってくるのです。

エンパシーの4つの種類とその意味

著者はエンパシーを以下の4種類に分類しています。それぞれに特徴があり、ビジネスシーンでの応用可能性も異なります。

  1. コグニティヴ・エンパシー(認知的共感)
    → 論理的に他者の立場を想像し、状況を正確に理解する能力。交渉やマネジメントに欠かせません。
  2. エモーショナル・エンパシー(感情的共感)
    → 相手と感情を共有する力。チームメンバーが苦しんでいるときに、その苦しみに寄り添う力です。
  3. ソマティック・エンパシー(身体的共感)
    → 相手の痛みを自分のことのように身体で感じる。医療や介護、災害現場で特に重要な共感形態です。
  4. コンパッショネイト・エンパシー(思いやりの共感)
    → 理解だけでなく、行動を起こす段階まで到達した共感。他者のために動ける力は、真のリーダーシップの証とも言えます。

これらを“スキル”として認識し、磨き続けることで、信頼を生み、協働を生み、最終的には成果へと結びついていくのです。

「自分の靴を脱がなければ、他者の靴は履けない」

エンパシーを実践するうえで忘れてはならない視点。それは、自分自身の価値観や経験を一旦脇に置くという行為です。

自分の前提を持ち込んだままでは、「あの人は変だ」「なんでそんなことを考えるのか」と思ってしまいます。ですが一度、自分の靴を脱ぎ、相手の靴を履こうとすれば、全く違う景色が見えてくる。

これは、異文化理解、多様性マネジメント、ハラスメント防止など、現代のビジネス課題と直結する姿勢です。

サッチャーと女性リーダーの対比が示すもの

本書では、エンパシーを欠いたリーダーの例としてマーガレット・サッチャーが登場します。身近な人々には優しかった彼女ですが、自分の経験の枠外にいる人々に対しては冷淡でした。まさにエンパシーの欠如が政策に反映された事例だといえます。

一方で、コロナ禍において国民の信頼を集めたのは、ニュージーランドやフィンランドなどの女性リーダーたち。彼女たちは決して「弱さ」ではなく、エンパシーをもって情報発信し、人々の感情と理性の両方に訴えかけたのです。

「強くある」ことと「共感できる」ことは、決して相反するものではありません。むしろ現代のリーダーには、その両立が求められています。

アナーキズムとエンパシー

本書の副題「アナーキック・エンパシー」は、一見すると逆説的な言葉です。しかし著者は、アナーキズムを「国家に頼らずとも人々が自発的に助け合う力」として紹介します。

コロナ禍では、互いに支援し合う市民の姿が世界中で見られました。制度が整っていなくても、人は他者の苦しみに行動で応えようとする。そこには、自律的で非制度的なエンパシーの形=アナーキック・エンパシーがあったのです。

これは、企業組織における「自律型チーム」や「ティール組織」の文脈にも響きます。管理されるからではなく、理解し合えるからこそ協働できるという構造です。

ビジネスに必要な「エンパシー・シフト」

最後に、本書のメッセージをビジネス現場でどう生かすか、まとめましょう。

  • 会議では「意見」だけでなく「背景」を聴く習慣を持つ
  • 評価面談では「何を感じているか」に耳を傾ける
  • クレーム対応では「相手の論理」に一度寄り添ってみる
  • 管理職研修では、認知的・感情的エンパシーを訓練に取り入れる

エンパシーは、感情的な優しさではなく、組織を動かす知性でもあります。

そしてこの知性は、AIやシステムでは代替できません。人間だけが持つ、「他者の靴を履く力」。今、求められているのは、強さと共感を兼ね備えたリーダー像なのです。

 

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