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お客様は本当に神様ですか?―増加するカスタマーハラスメント―
「カスタマーハラスメント」という言葉を聞いたことがありますか?
カスタマーハラスメントとは「顧客等からの著しい迷惑行為」のことです。カスタマー(顧客)からのいわれのないクレームや無理難題で、対応する従業員の負担が大きくなっているほか、精神的に追い込まれてしまうこともあり、近年、大きな社会問題となっています。
中小企業の顧問弁護士をしている私のところにも、経営者の方から「お客様から何度も電話をいただき、従業員が対応に困っているが、どうしたらよいか」といった相談をいただくことがあります。
従業員だけではありません。SNSなどに商品や企業の悪口、事実と異なる不利益な情報がアップされたら、たちまち世間に広まって会社のイメージダウンにつながります。
今回は、最近増えているカスタマーハラスメントについて、カスハラとはどのようなものなのかをお伝えします。あなたのまわりにも、気づかないだけで実はカスタマーハラスメントが横行しているかもしれません。
目次
カスタマーハラスメントとは?
まずは、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)とは、どのようなハラスメントのことを指すのかお伝えします。
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によると、カスハラとは「顧客からのクレーム・言動のうち、該当クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不当なものであって、該当手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています。
簡単に言うと、お客様からの常識から逸脱した過度なクレームや要求によって、それを受けた人や企業が仕事に支障をきたしてしまう状況になることです。
これまでも、クレーマーと呼ばれ、商品やサービスに文句を言ってきたり、さまざまな要求をしてきたりするお客様はいらっしゃったと思います。でも、本来クレームとはサービス向上や品質改善などを目的とした要求であり、企業として改善の余地があるものもあります。しかし、カスハラは、商品・サービスの改善を求めているとは限らず、顧客の個人的な行動で行われるケースが多いと言えます。そして、その要求は度を越えていたり、対応できかねるものであったりするのです。
今や「パワハラ」や「モラハラ」は広く一般に知られていますが、お客様から従業員(企業)へのパワハラやモラハラなどが「カスハラ」と言えます。これまでは、そのようなお客様に対しても、「お客様なのだから」と真摯に向き合い、お客様が納得するまで懇切丁寧に応対していたのではないでしょうか。ですが、それらが「カスタマーハラスメント」に該当するのであれば、そこまで対応する必要のないものだったのです。
カスハラが起きる要因は日本特有の文化にあった!?
なぜ、カスハラが起きるのでしょうか。
皆さんは「お客様は神様です」というフレーズをご存知でしょうか? この言葉は、歌手の故三波春夫さんが演者(ご自身)と観客の関係性において語られたフレーズです。
“歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って、心をまっさらにしなければ完璧な藝をお見せすることはできないのです。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。だからお客様は絶対者、神様なのです” (三波春夫公式サイトより引用)。
これが「お客様は神様です」というフレーズが生まれた背景です。
ところが、今は意味が取り違えられ、お客様=買物客(顧客)となり、「お客様は神様なんでしょ!?もっと丁寧に扱いなさいよ!」とか「お客様のいうことは聞きなさいよ!」となってしまっていることが多いです。
そもそも日本には「おもてなし」の文化があります。それは日本人の美徳でもありますが、一歩間違えると顧客第一主義につながり、カスハラを生み出すことになってしまったのかもしれません。顧客の立場が強い日本だからこそ、「客だから何を言ってもいい、何をしてもいい」と考える方もいて、そんな考えがカスハラにつながっているようにも感じます。
2022年の厚生労働省の調査によると、過去3年間においてカスハラの発生割合は増加傾向にあるそうです。これは、SNSなどインターネットが普及が大きく影響しているかもしれません。誰もが自由に情報を発信できる時代になり、匿名でしかもたやすく投稿できることで、安易に企業や従業員に対し「ネットに悪評を拡散させる」と脅迫するような行為に出る人が増えているとしたら残念なことです。
今、カスハラから従業員を守る対策が求められている
今、企業にはこのようなカスハラから従業員を守り、企業や他のお客様の利益を守るための対策が求められています。カスタマーハラスメントを防止するため、厚生労働省は2022年2月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」をとりまとめました。ただ、判断基準については企業ごとに業種や業態、文化が異なるとして、各企業に任されています。ですから、企業内でしっかりと基準を設け、対応策を考える必要があります。
従業員を守ることは企業を守ることにもつながります。なぜならカスハラの影響は従業員だけでなく、企業、そして他のお客様にまで及ぶからです。
以下にその影響を書き出してみました。
<従業員への影響>
・クレーム対応に時間と労力が取られ、ほかの仕事に支障が出る
・精神的ストレスで頭痛や精神疾患などの健康被害が起きる
・顧客対応に恐怖や苦痛を感じるようになる
このようなことが生じた結果、配置転換をせざるをえなかったり、最終的に休職、退職につながってしまったりすることもあります。
<企業への影響>
・クレームに対応に時間を費やさなければならず、時間の浪費、業務に支障が出る
・休職者・退職者の補充のための新規採用や教育の必要に迫られる
・商品・サービスの値下げ、慰謝料など金銭的な損失が出る可能性がある
・ブランドイメージの低下につながり顧客離れが起きる可能性がある
<他のお客様への影響>
・クレーム対応により店内の雰囲気が悪くなり、居心地の悪い環境になる
・業務に支障が出ているため、ほかのお客様へのサービスが遅れてしまう
そうならないためにも、カスハラの早期発見、早期対応が重要です。そのためにも、どのような場合にカスハラに当たり、企業としてどのように対応するのか、事業主としての基本方針を策定し、従業員への周知・啓発や相談体制の整備、対応方法・手順にマニュアル作成など、事前準備をしておきましょう。しっかりと基準を決め、カスハラには毅然とした対応をしましょう。
カスハラ行為、9つのパターン。こんな行為が見られたら、カスハラを疑おう
つづいて、カスハラに見られる9つのパターンを紹介します。カスハラには①長時間拘束型、②リピート型、③暴言型、④暴力型、⑤威嚇・脅迫型、⑥権威型、⑦店舗外拘束型、⑧SNS/インターネット上での誹謗中傷型、⑨セクシャルハラスメント型があります。中でも①長時間拘束型、②リピート型、③暴言型のハラスメントが多く見られます(厚労省「カスタマーハラスメント対策企業向け研修会」での整理です)。こんな行為を見たら、聞いたら、カスハラを疑い、適切に対処しましょう。
① 長時間拘束型
正当な理由がなく、長時間従業員を拘束するパターン。
1時間、2時間居座ってクレームを言い続ける、電話を切らないなど。商品や対応に問題がない場合、対応時間の目安は30分と言われています。それ以上続くようであれば、カスハラを疑ってよいでしょう。
② リピート型
正当な理由なく、何度も電話をしてきたり、来店してきたりするパターン。
何度も同じ従業員に難癖をつけたり、何度も電話をかけてきたりするなど。中にはその商品、会社のファンの場合もありますが、特定の方が数回以上同じ内容で電話、来店してきた場合には、「もしかしたら」と注意してください。
③ 暴言型
大声で話す、言葉遣いが荒いなど。商品が売り切れていたり、サービスに納得がいかなかったりした場合などに、従業員に怒鳴り散らしたり、時には「バカ野郎」などと侮辱的な言葉を発することもあります。
④ 暴力型
こちらは言葉ではなく、物理的な行動に出るケースです。殴るなどの直接的な暴力行為、ドアを激しく閉める、カバンを蹴る、物を投げつけるなど、物に対する乱暴な行為がこれにあたります。ここまでくると、暴行罪や、万一傷を負ったとなれば傷害罪が適用されることもあります。
⑤ 威嚇・脅迫型
一般人が「怖い」と感じるような言動。「殺す」「しばく」「店に火をつけるぞ」「SNSに投稿してやる」「タダじゃすまないからな」などといった脅しの言葉を投げつけるパターンです。これは、脅迫罪にあたる可能性もあります。
⑥ 権威型
偉そうな態度や威張り散らすパターン。社会的地位が高かったり、定年退職したシニア層などに見られる傾向があります。特別扱いを要求したり、「土下座しろ」などと言ってきたりすることもあります。
⑦ 店舗外拘束型
自宅や自社、喫茶店など特定の場所に呼びつけて長時間拘束しクレームを言うパターン。人目のない空間に長時間拘束されることは精神的にもかなりのストレスです。こちらに問題がないのに30分以上も滞在させらたりするのであれば、カスハラを疑いましょう。
⑧ SNS/インターネット上での誹謗中傷型
SNSなどに対応者の画像や動画を掲載したり、個人や会社の悪口や不利益になることを一方的に書き込んだりするパターン。匿名での投稿もできるためハードルが低く、拡散スピードが速いため、大きな影響が及ぶ場合もあります。
⑨ セクシャルハラスメント型
性的な言動で身体的または精神的に苦痛や不快感を与えるパターン。不適切なジェスチャーをしたり、過剰な視線を送ったり、わいせつな言葉を投げかけたりするようなケースです。
もちろん、多くのお客様は善良な顧客であり、企業はお客様からの声を商品やサービスの改善、開発、さらには経営に活かすことが求められています。けれども、上記のようなカスハラが起きていることも事実です。それぞれの企業の中で基準を持つことで、安易にカスタマーハラスメントと決めつけることなく、対応していけるのではないでしょうか。
「カスハラかも?」そのときとるべき対応とは?
カスハラはパワハラなどの企業内で起きるハラスメントと違い、行為者に直接注意したり、行為者への措置を取ることが難しいハラスメントです。相手が取引先企業であれば、企業に協力をお願いすることも考えられますが、一般顧客の場合、どこの誰なのかを知ることすら難しい場合があります。そのため、会社としていかにして社員を守っていくのかが重要となってきます。
どうやって従業員を守ればよいのか、カスハラが起きないようにするための対策や、カスハラに発展してしまったときの対応など、そのポイントをお伝えします。
① 現場でできるカスハラ対策
顧客からのクレームがあったとき、先ずは状況を悪化させない、カスハラに発展させない対応が求められます。そんなときに使えるのが「限定的謝罪」です。
クレーム対応では、やはり、謝罪は得策と言えます。謝罪をすることで相手の気持ちに寄り添い、相手の怒りを鎮めることにもつながります。
もちろん、企業側に落ち度があるのかわからない、本当に謝罪してよいのかわからない、また、何に対してクレームを言っているのかわからないこともあるでしょう。謝ることで企業の非を認めることにつながってもいけません。そのような時は、謝罪する内容を限定し、何に対して謝罪するのかを明らかにして謝罪するとよいでしょう。
「ご不快な思いをおかけして申し訳ありません」
「ご購入いただいたのに申し訳ありません」
「ご不便をおかけして申し訳ありません」
と言った具合です。多くの場合、謝罪を受けることで気持ちが落ち着き、カスハラを防ぐことが期待できます。
そして、万が一に備え、状況を細かく記録しておくことが必要です。
顧客情報、発せられた言葉、対応時間といった情報があるとよいです。実際の会話の録音や録画は、後々トラブルになったときにも役立ちます。
上司や現場監督者、相談窓口に情報共有することも忘れないでください。この時にも状況の記録は役に立ちます。時系列でまとめられていると、更にわかりやすいでしょう。まさに今対応中なのであれば、報告を受けた上司は、現場に行って、状況を共有することも大切です。
② 二人体制で対応したり、録音・録画などを行う
それでもカスハラに発展してしまったら、2人以上で対応できるよう、人員配置を工夫しましょう。
どのようなハラスメントでも、初期対応が大事です。直接の対応者が責任感をもって対応することは大切ですが、対応者を一人にしてはいけません。顧客との窓口は1つだとしても、サブ的立場の人を置いたり、複数対応体制にするなどの人員配置をしましょう。
また、電話で対応する場合は会話の録音を、顧客が来社する際は、録画できる環境が望ましいでしょう。今はコールセンターに問い合わせると「この会話は録音されています」というアナウンスが流れます。このように会社として記録保存できる状況を整えておくことが望ましいです。
③ 事実関係の確認と要求内容の妥当性を検討する
次に行うべきは事実関係を確認し、顧客が何を要求しているのか、そして、その要求は妥当なものなのか、会社の基準だけでなく社会通念も踏まえた上で検討しましょう。
事実関係を確認する際は、時系列で状況を正確に把握し、理解することが重要です。いつ、どこで、誰が、何と言ったのか。それに対し、どう返答したのか。このとき、録音や録画があればすぐに確認ができます。とはいえ、常に録音や録画ができる状況ではないですから、時系列にまとめたメモなどが重要になります。
顧客の要求が度を越えたものと判断した場合は、毅然とした態度で対応することが重要です。
④ 従業員を守る施策を施す
身体や精神に支障をきたすような行為に対しては、従業員の安全を最優先する対応が必要です。例えば、担当を代える、配置を変えるなどして、現場から離れる、現場に行かないという判断が求められます。
また、精神面の配慮として、本人から相談があったり、上司や周囲の人間が「おかしい」と感じたときには、話をよく聞いたり、相談にのったり、必要に応じて専門家への相談や医療機関への受診を促したりししょう。
従業員を守る対応は個人任せにせず、ぜひ企業として組織全体で考え、対応していただきたいと思います。
⑤ 教育・研修を実施する
カスハラを引き起こさないため、そして、カスハラにあってしまったときにどうしたらよいか、社内ルールについて従業員への教育・研修を行っておくこともカスハラ対策の一つです。
顧客対応の心構えや基本的な対応、難しい顧客対応など、新人研修や節目の研修などで実施すると良いでしょう。その際、実際のカスハラの例などを共有していくと、危機察知能力が高まり、カスハラを回避したり、大事になる前に解決できるようになるのではないでしょうか。
また、カスハラにあったときのエスカレーションについてもきちんと共有しておきましょう。一人で対応して思い悩んだり、仕事や精神に支障が出る前に、情報を共有して解決策を考えることが、従業員にとっても企業にとっても良いことだと思います。
私は、さまざまなハラスメント対策やコミュニケーションスキルの研修を行っています。いつでもご相談、お手伝いいたしますので、お気軽にご連絡いただければと思います。
従業員がいつでも相談できる環境を整えておこう
ハラスメントは早期発見、早期対応が重要です。カスハラも同様で、火種の小さいうちに対策を打ち、大事になる前に解決することが望ましいです。そのためには、従業員が声を上げやすい、相談しやすい環境を会社として整えておくことが必要です。日頃のコミュニケーションや相談窓口の設置など、何かあった時にすぐに相談できるようにしておくことが、従業員の安心感にもつながります。
カスハラの基準策定、基本方針の策定など、わからないことがありましたら、ぜひ、ご相談ください。企業それぞれに合った基準や対策を一緒に考えていきたいと思います。
ここまで記事をご覧いただきありがとうございました。
少しだけ自己紹介にお付き合いください。
私は企業の顧問弁護士を中心に2007年より活動しております。
経営者は日々様々な課題に直面し、意思決定を迫られます。
そんな時、気軽に話せる相手はいらっしゃいますか。
私は法律トラブルに限らず、経営で直面するあらゆる悩みを「波戸岡さん、ちょっと聞いてよ」とご相談いただける顧問弁護士であれるよう日々精進しています。
また、社外監査役として企業の健全な運営を支援していきたく取り組んでいます。
管理職や社員向けの企業研修も数多く実施しています。
経営者に伴走し、「本音で話せる」存在でありたい。
そんな弁護士を必要と感じていらっしゃいましたら、是非一度お話ししましょう。
波戸岡 光太 (はとおか こうた)
弁護士(アクト法律事務所)、ビジネスコーチ
2024年12月、本を出版いたしました。
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経営者が自分の判断に自信をもち、納得して前に進んでいくためには、
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経営者に、前に進む力を。
弁護士 波戸岡光太
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