ビジネスコーチ弁護士にたどり着くまで(前編)

弁護士の波戸岡です。
今日は、私がビジネスコーチ弁護士として経営者の方のサポートに力を入れるようになるまでを取材していただきました。
私の弁護士としてのこれまでを詳しく話したのは初めてでしたので、ぜひご一読いただけたらと思います。

-そもそも波戸岡さんが弁護士を目指したきっかけは何だったんですか?

初めて弁護士を意識したのは大学4年生のときです。
法学部に入ったときは弁護士になるイメージはまだなく、ただ世の中のことを知っておきたいという思いからでした。
それが就職活動の時期になり、いろんな会社を見てみたときに、いまいちピンとこない自分がいたのです。

このとき「自分はこれからどうやって生きていきたいんだ?」という疑問に真剣に向き合いました。

そして、これまでの自分の人生を考えてみた時に、僕は“素朴な正義感”を大切にしてきたなと思ったんです。小さい頃、横断歩道を渡れないおばあちゃんを助けたいと思ったり、思春期の頃、世の中では事件や問題が起きるけど、そのほとぼりが冷めた後、取り残された人はどうなってしまうんだろう、自分にできることはないのかと考えたり。
そういう「困っている人を助けたい」という“素朴な正義感”を大人になっても持ち続け、実現できる仕事には何があるのかを考えた時に、初めて弁護士という選択肢が自分の中に生まれたんです。

-弁護士という選択肢なのですね。

でも、そう簡単にはいきませんでした。
大学を卒業して、昼間は近くの図書館で勉強して、夜は学習塾でアルバイトをする日々が続きました。合格するまでに約7年かかったので、20代は勉強とバイトに全てを費やしました。

不思議な感覚なんです。
アルバイトと勉強ばかりしていると、世の中と自分の間にガラスが一枚あるような、自分は世の中と直接接していないような感覚になってきます。
今の自分は世の中から必要とされていないんじゃないか、いや、いつかガラスの向こうにいって活躍してやるぞ、という無力感と希望とが自分の中に同居していました。

-諦めそうになったことはないんですか?

毎年不合格だけど、「A評価」という成績は残していたので、諦めるに諦められなかったという面はありました(笑)
あと、ここで諦めたら将来自分の子どもに絶対夢を語れないなと思ってました。
自分は夢を諦めておきながら、子どもに夢を追いかけろなんて言っても、全く説得力ないですよね。
それにアルバイトしていた塾の生徒たちにも頑張れと言えなくなってしまうと思って。
それで7年間続けられました。

最後の2年間はロースクール制度が始まったので慶應大学のロースクールに2年間通いました。
そこには優秀な人が沢山来ていましたし、みんなの熱意がすごくて、いつも議論が白熱していました。
今でこそロースクールはいろいろ言われていますが、当時の勉強仲間は皆輝いており、人生をかけて情熱を注いでおり、今も法曹界で活躍していて、誰もが一生の友人ばかりです。

-その時間が今に影響を及ぼしていますか?

はい。私はもともと身内や知り合いに弁護士はいなくて、受験時代は自分の中のイメージや理想だけを追い求めていました。それでいて、実際弁護士になってから、「あれ、思い描いていた姿とどこか違うな」という気持ちになったことは一度もありません。
受験当時の原動力そのままに今も活動を続けられていますし、むしろパワーアップしています。依頼者の方がほっとした微笑みを浮かべて「ありがとう」と言ってくれた時、「あぁ、自分はこれこそがやりたかったんだよな」としみじみ感じます。

-7年かけて弁護士になった瞬間は、喜びもひとしおだったんじゃないですか。

今でも鮮明な映像として記憶に残っているんですが、合格した時、重厚なドアがギギィーと音を立てて開いた、そんな光景が目の前にありありと浮かび上がってきました。
それまで自分は暗い部屋にいたのですが、ドアの向こうからはまぶしい光が差し込んできて、
「よし、社会は君を待っているぞ。思う存分やりなさい。」
そう言われているような気分でした。

-弁護士になって最初にしたことは?

弁護士になる前から、どうやったら素朴な正義感を実現できるのかを考えていました。
弁護士は一般の方にとって遠い存在なので、もっと身近な存在であるべきだと思い、弁護士の数が少ない地方に行こうと決めていました。
そんな最中、まだ当時設立されて間もなかった法テラスの存在を知って説明会に参加し、
弁護士にたどり着けない人が全国いたるところに沢山いることを知りました。

その説明会で岩井重一先生(今所属する事務所の代表弁護士)と初めて出会いました。
こんなに笑顔でエネルギッシュな弁護士がいるのかと衝撃すら覚えました。弁護士にありがちないかめしい雰囲気を全く出さない。それどころか、ニコニコとした優しい姿やふるまいを見て、こういう人が関わる組織なら間違いないだろうと確信し、法テラスの専属弁護士になることを決めました。

-その頃から人との出会いを大事にされていたんですね。

自分が変わり成長するきっかけは、いつも人との出会いだったのかもしれません。
法テラスに派遣される前に1年間、一般の弁護士事務所で研修を受ける必要があるんですが、そこで出会った吉岡桂輔先生もすごく影響を受けた弁護士です。

私が初めて法律相談を受けたときのことです。
私も依頼者の方も緊張していてどこかぎこちないまま話が進んでいったんですけど、
相談が終わったタイミングで、隣に座っていた吉岡先生が「大丈夫ですよ」と一言仰ったんです。
言葉としてはそれだけだったんですが、吉岡先生の雰囲気に依頼者の方はすごくホッとしたんですね。あぁ、すごい力だなと思ったのを覚えています。包み込む力、包容力というのでしょうか。何を言わなくても雰囲気一つで依頼者を安心させられる弁護士になりたいと思いました。

-そこから法テラスの専属弁護士になったのですね。

そうです、函館に3年間行きました。
法テラスの法律事務所では基本的に一人で解決しないといけないので、判断に迷う時などは、吉岡先生だったらどうするんだろう、この状況でもあきらめずに貫くんだろうか、と常に自問しながら依頼者と向き合う日々でした。

-函館で得たものは何でしたか?

弁護士は「直感」と「論理」の両方が必要なんだということを学びました。
まず話をお聞きして「これは依頼者のためになんとかしないといけない」と思えること、感じとれることが直感です。私は身体の全感覚を研ぎ澄ませて、依頼者と向き合います。

「何とかしたい」「何とかしなければ」という直感が原動力になると、続いて文献や判例を調べて論理構成を組み立てていきます。
どういう論理やロジックなら裁判所や交渉相手を説得できるだろうかと知恵を巡らせます。
紛争処理というと、からまった紐をほどくようなイメージがありますが、私の場合は、それよりも、どうやったら説得力と納得感のある文書を創れるかという、クリエイティブな作業というイメージがあります。

そのプロセスを経て、相手が納得して交渉が成立したり、
裁判所の判決が自分の組み立てた論理に従ったものだったりすると、本当に感動します。
自分が信じた直感は間違っていなかったという証明でもあり、しかも依頼者の方に感謝までしていただけるという喜びです。

弁護士は、裁判に勝つための論理構成だけでは、依頼者に心から満足してもらうことはできません。
もし万一、私が依頼者の方の気持ちに共感する力が弱まったとしたら、その時は弁護士をやめるべきだとすら思います。
弁護士である以前に、まず人としてしっかり向き合う。共感する。依頼者と一緒に進めていく。
これを学んだのが函館での3年間でした。
この共感力は、今ビジネスコーチをやる上での原点になっているような気がします。

-逆に、自分の直感で受け入れられないものはどうしてるんですか?

自分の直感で、これは正しいと思えないものを明確に断れるようになったのは東京に戻ってきてからかもしれません。
そういう意味ではまだまだ揺れ動く気持ちを抱えていた函館の3年間だったのかもしれません。東京に戻ってきたのは7年前のことです。
法テラスの説明会で会った岩井弁護士から声をかけてもらい、今のアクト法律事務所に所属しました。
中小企業の経営者の方とお仕事をし始めたのはそれからのことです。

―――後編に続く

弁護士 波戸岡光太
その思い、前に進める法律家。
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