顧問弁護士物語-幹部社員の造反-

私は中小企業の顧問弁護士をメインとして活動しており、様々な人間ドラマに立ち会う場面が多くあります。
経営者の方が企業を経営していく中で、思わぬトラブルは避けては通れません。
今回はそんな企業トラブルの中の一つ、「幹部社員の造反」を取り上げます。
こんな事態を目の当たりにした時、経営者としてどう動くべきなのか。
私が経験した実際の出来事もとに、小説仕立てでお伝えいたします。

突然の独立騒ぎ

「私の知り合いの社長さんが、波戸岡さんに相談したいことがあるそうです。急いでいるご様子でした。」
ある日、普段から付き合いのある税理士さんからこのような連絡が来ました。
「本当ですか?できるだけ早くお会いした方がよいですね。」

普段、中小企業の顧問業務をメインに据えている私の元には、このような形で突然の依頼が舞い込むことも少なくありません。
困っている経営者の方がいると聞くと、何とかして力になりたいというエネルギーが充填されるのを感じます。

税理士さんの話は続きます。
「詳しい事情は私も聞いていないんですが、どうやら部下が突然独立すると言い始めてどう対処しようか困っているようです。このあと社長さんから波戸岡さんにお電話がいくと思います。」

部下の唐突な独立宣言。
企業においてしばしば勃発する事件ですが、それぞれの会社にとっては前代未聞の一大事です。
私は早速社長と連絡を取り、その日の夜に社長の待つA社に伺いました。

弁護士は依頼人の“肩を持つ”だけが役目ではない

私がA社の会議室で待っていると、社長がドタバタと入って来ました。
「いやぁ、突然このような形でご相談してすみません。まさかこんなことになるなんて思いもせず、焦ってしまって…」
「いえいえ、とんでもないです。突然のことが起きると、どうすればいいのか分からなくなるのは当然です。解決の道筋を一緒に見つけるために、まずは何が起きたのかお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

A社は東京に本社を置き、社員30名を抱える空調設備会社です。
神奈川に支社があり、古株のX氏は神奈川支社の現場リーダーを任されていました。
社長は基本的に本社におり、神奈川支社に勤める従業員と顔を合わせることは月に1回程度。

社長の話によると、ことの発端はこのX氏でした。
どうやらX氏が先陣を切って突然独立すると言い始めたようです。
その時すでに、彼の部下3人も同時に辞める方向で話がまとまっているとのこと。社長にとっては寝耳に水です。
ほどなくして本社に彼らの退職届が一斉に届き、焦った社長が税理士経由で私に相談してきた、とのことでした。

ひとまず社長は彼らに対し、
「独立したって仕事はないぞ。退職届はもらったが封を開けてないからな」
と伝えましたが、次のアクションは起こしていません。というより次のアクションが見つかりません。

「…僕としては、彼らの独立するとか、退職するという考えを改めて欲しいんです。彼らにぶつけたい思いや気持ちはたくさんあるのですが、それが先行しすぎて言葉足らずになってしまうんじゃないかと。
…きっと、僕一人で彼らと会ったら、『お前らなぁ!』とつい熱くなりすぎて、何を言ってしまうか分からなくて。きっと彼らも不満が募るでしょうし、お互いによくないと思うんです」

「それは確かにまずいですね。社長の思いを正しく伝えるのも大事ですし、社員の想いをしっかり受け止めることも大事です。円満で納得のいく解決を目指すには冷静な話し合いの場が必要です」

「そうなんです。もしかしたら彼らも退職届を出したはいいものの、内心では社長の僕がどう反応するか分からなくて怖がっているかもしれません。それでは穏便な解決は難しくなるので、波戸岡さんには立会人として話し合いの場に出席してほしいのです。『弁護士を連れて来たぞ!』と社員を威圧したいわけではなく、彼らにとってフェアな場にしたいんです」

社員を心から大切に思っている社長だな、と私は感じました。
自分のことを裏切ろうとしている社員に対しても、どう懲らしめるかではなくフェアな話し合いの場を設けたいと考えているのです。
社長の想いに共感した私は、そのために自分が果たすべき役割を考えました。
「分かりました。冷静に話し合いが進められるように立会人として参加させていただきます」
「お願いします。僕がおかしなことを言ったら『社長、違いますよ』と言ってくださいね」

社長の真意は社員に伝わるか?

その後、社長と当日の話の進め方について打ち合わせを行いました。
これまでの社長の論法は、「今辞められたら困る」の一点張りでした。
もちろんそれが社長を慌てさせている一番の原因であることには間違いありません。
ですが、それを前面に出してしまうと、社員を大事にしているんだという社長の想いが伝わりません。

そこで、私は、もし本当に社員が辞めたらどうしますか?と社長に尋ねてみました。
すると社長は頭を抱えながらもいくつか方策を話し始めました。
ということは、何とかする方策はあるわけです。
「落ち着いて話し合いに臨みましょう」と私は社長を元気づけました。

そして、話し合いに向けての3つのポイントを社長と一緒に確認しました。
① 独立しても今のように仕事があるわけではない。いちからお客様を見つけることがいかに大変か。社長の経験を交えて伝える。

② 独立後の給与に目がくらんでいるのではないか。社長は、社員とその家族を守るために、いつまでも君たちを守る。

③ 会社は彼らが辞めても続く。でも社長は君たちと一緒に会社を成長させて、僕たちだからこそできる仕事をやっていかないか。

この3つを踏まえて、
「社長はなにより君たちの将来を思って言っている。それを受け止めて、もう一度考え直してほしい」
ということを話し合いの場でしっかり伝えることに決めて、打ち合わせを終えました。

そして、社員との面談当日。
まずは、独立を首謀した幹部社員X氏を除く社員3人と面談を行いました。社長は打ち合わせの通りに話を進め、私は静観していました。

「君らのこれからの生活も含めて、面倒を見たい」

話し合いの途中、社長はまっすぐ彼らに向き合い、語りかけていました。
それは、この場を丸く収めたいがために出たうわべの言葉ではなく、心の底からそう思って話していることが第三者の私にもひしひしと伝わってくる、とても重みのある言葉でした。

私はこの時、客観的な意見として彼らに一言だけ伝えました。
「いろんな会社を見てきましたが、こんなに社員一人一人と向き合い、社員のことを思い、本音で話す社長はあまりいないと思います」

社員の方々は、最初は表情も強張り緊張していました。
ですが、社長とのやりとりを交わしていく中で、次第にその表情は晴れていいきました。
そして、途中からは明らかに社員たちも本音で喋っているな、というのが伝わってきました。
面談の終盤に差し掛かった頃、ついに
「社長の話が聞けて嬉しいです。私たちのことをそんな風に思ってくれていたんですね」
「社長はいつも忙しそうですし、なかなか声もかけづらく、社長がどう考えているのか分かりませんでした」
「すみません、やっぱり会社に残らせてください」
という話になりました。

私は思わず心の中で「よしっ」とガッツポーズをし、ほっと胸をなでおろしました。

後日談

社員は無理に社長に説得させられたのではなく、社長の本音に触れたことで
「社長がそこまで考えてくれていると思わなかった。目の前のお金のことで頭がいっぱいで、独立することのリスクや現実を深く考えていなかった」
ということに気づかされた様子でした。

面談中に判明したことですが、彼らはX氏から
「うちの会社、経営がやばいらしいぞ。俺が独立するから一緒についてこないか?」
と誘いを受け、その言葉を真に受けて退職を決めたようでした。

社長もこの件を通じて、「社長が考えていることをもっと知りたい」という社員の思いに触れることができたため、自分も会社も変わっていくことの必要性を痛感したそうです。

後日、社長はX氏と話し合いをし、互いに納得の下、たもとを分かつことにしました。
一緒に長くやってきた社員だったため、社長は最後まで悩んでいました。
それでも、社長は後ろを振り向くのではなく、今いる社員と共に未来を作っていこうと心を新たにしていました。
私はこの件を機に顧問弁護士のご依頼を頂き、今も良いお付き合いをさせてもらっています。

to be continued

いかがでしょうか。会社の問題で、社員を引き連れて独立するという話は冒頭で述べたとおり、決して珍しい話ではありません。それでも、当の会社にとっては一大事です。

その時、会社はどういう対処をすべきでしょうか。

もちろん、訴えることも一つの手段です。
けれど、それは選択肢の内のひとつ。

今回の話のように、弁護士がどちらかの意見に肩入れするのではなく、「会社がいかに成長するか」「どうやっていいチームワークが生み出すか」を考えて、それぞれのバランスを感じとり、最適の行動を選ぶことで、困難も会社を成長させるチャンスに変えることができます。

弁護士は経営者の味方です。会社の味方です。
そのうえで、私としても、会社や登場人物全体を見渡したうえで、自分が果たすべき役割を再認識できた一件でした。

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ビジネスコーチング弁護士 波戸岡光太
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