顧問弁護士物語vol.5 -孤独な社長とトリガーミーティング-

トリガーミーティングという取り組みを、顧問先経営者の方々と行っています。
これは毎月1回10分間、経営者の方がそのときに考えていることや気になっていることを自由に話していただく時間です。

経営者の方に、私が色々な質問を投げかけることで、ご自身が気付いていなかった課題が見つかり、次のアクションへの引き金(トリガー)にしていくのが目的です。
今回は、そのトリガーミーティングに関わる顧問弁護士物語をお送りいたします。

今回登場していただく経営者は、社員数20名ほどの物販会社の社長です。
この社長は、「オンリーワンの会社を作る」という確かなビジョンを持っていらっしゃいます。
顧問弁護士としてのお付き合いが長くなる中で、そのビジョンの根底にどんな想いがあるのかを知りたくなり、私の方から「トリガーミーティングをしませんか?」とお伝えしました。
趣旨をお話すると「自由に話せる時間ですか。面白そうですね。やってみたいです」と二つ返事でお受けいただきました。

初回のトリガーミーティングでは、社長が今やりたいと思っていることをお伺いしました。
すると「今年はわが社のテーマを“循環”にし、企業文化として根付かせたいと思ってるんです」と仰いました。

社長は、「社員が提供したサービスがお客様の喜びとなり、それが会社の成長に繋がり、社員に返り、最終的に自分にも返ってくるんだ」と、自分の思いを確かめ、整理しながらお話をされていました。
「お客様→会社→社員→経営者…というポジティブな循環を作ることで、実りが各々に循環し、そういう巡りを、一人一人の社員が実感できる会社にしたいんだ」と、少年のようなキラキラとしたトーンで語り始めました。
「世間は売り手市場で転職に前向きな風潮があるけれど、転職の誘いを受けてもここの会社で働きたいと社員全員が思ってくれる会社でありたい」と語る社長の新たな決意が、ひしひしと伝わってきました。

そこで、さらに社長の思考や構想について聞きたくなり、
会社のビジョン「オンリーワンでいたい」について改めて聞いてみました。

単刀直入に、「改めて、社長のビジョンはなんですか?」

「うーん、そうだなぁ、昔から言っているように…」
この瞬間、私は社長のトーンが、僅かですが、これまでとは異なった雲行きを感じました。
先ほどまで「今年は循環というテーマでいきたい!」と話していた社長の温度感が少し変わったのです。
「オンリーワン」という言葉にはどこか熱量が感じられず、
社長の気持ちから出てきている言葉というよりも、準備していた定型文を読み上げたような感じがしました。
私は正直に、「そのビジョンに迷いがありますか?」と尋ねてみました。

すると社長は少しはにかみながら
「さ、さすがだな、波戸岡さんは。そうなんですよ、今は循環というキーワードが頭の中に強くあるんだけど、オンリーワンとの関係性をどうやって社員に落とし込もうかと…。迷ってるというか、あまりピンときていないというか…。そのあたり、何か大切なヒントをつかめそうだな。」
そんな話をして初回のトリガーミーティングを終えました。

顧問弁護士の立場から客観的に見ても、確固たるビジョンを持った社長のもと、会社が一丸となって成長を目指していると思っていたので、
このとき社長から何らかの迷いが生じることになるとは意外な出来事でした。

その後、2回目のトリガーミーティングを行う少し前のこと。
翌月に予定している全社員ミーティングで話す内容を考えるにあたり、社長は社員にヒアリングを行ったそうです。すると社員から幾つもの要望や感想が上がったとのことでした。
社長は、「社員たちからいろんな要望や率直な感想を聞けたので、やってよかった。けれどそこから何を学ぶべきだろうか」と感じたそうです。

社員から多くの要望が挙がるということは、現状に納得できていないからか?
彼らの甘えか? いやもしかしたら、自分と社員の間に温度差が生まれているのではないか?
自分一人だけが「会社をこうしていきたい」と突っ走っているだけなのか?

社長は、社員との間に自分だけが気づいていなかった壁があるように感じ、ふと孤独感に襲われたようでした。
そんな迷いに揺れている自分にも、多少ショックを受けていらっしゃいました。
「あんなに自分のビジョンは強固で揺るぎないものだと思っていたのに。」

2回目のトリガーミーティングでそんな話をお聞きした私は、社長にこう尋ねました。
「社長が、「社員全員にビジョンが伝わったな」と感じられるようになるためには、社長自身がどう働きかければ効果的だと思いますか
「うーん、自分が迷いなく伝え続けることだと思っていたけど、ほかにも互いを理解し合えるような、よいコミュニケーションが必要なのかもしれないですね。」
「よいコミュニケーションといいますと?どんなメンバーがどんな会話をしている様子が目に浮かびますか?

このように社長のお話に対して、私は、丁寧に深く、イメージが膨らむように質問をしながら対話を掘り下げていきます。
やがて社長は、「社員の“少し先”を歩いている存在でありたいな」とお話になりました。

その話を、またさらに掘り下げて聞いていくと、
「もしかしたら、これまでは私がビジョンを一方的に押し付けていたのかもしれないです。
でも、受け止め方も考え方も様々だから、自分の思いがそのまま届かなかった社員との間に、わずかな距離感が生まれてたのかなあ。」

私はこう伝えました。
「社長は、社員のずっと先を歩いて導き続ける存在じゃなくて、少し先を歩いて、社員からいつでも見えるくらいの距離感でビジョンを共に作っていきたいということでしょうか?」

「はい。しっくりきますね。確かに、会合でビジョンをバシッと伝えるのも大事だけど、その過程でみんなで話し合う時間を作ったかどうか、そのプロセスに価値がある気がしますね」

「それはいいですね!皆さんで話し合うことで、発表されるビジョンについて「自分たちも参加した」という意識が生まれ、社員さんの会社への愛着や帰属意識がもっと高まるかもしれませんね」

これまでは、社長が考えたビジョンを社員に伝えることが前提でしたが、
この会話の中で、みんなでビジョンを考えるという方向へとシフトしていきました。

トリガーミーティングを終えてから1週間ほどして、社長から連絡をいただきました。
「ビジョン設定会議をやってみました。初めのうちは、みんなあまり喋らなかったんですけど、
30分もするとポツポツ意見が出てきて、本当はこんなこと考えていたんだな、そして、こんなに会社の考えてくれていたんだなと…。すごい発見ができました。」

「どんなビジョンが定まりそうですか?」

「まだ固まっていないんですが方向性は見えてきました。社員全員が一体化してビジョンを考えるというこの過程を僕自身とても楽しんでいます。波戸岡さんに話してみてよかったです。」

波戸岡に話してみてよかった
これは、顧問弁護士としても、私個人としても、何ものにも代えがたい大変嬉しいお言葉です。

今回ご紹介したこのエピソードは、私の顧問弁護士の在り方をより確かなものとするきっかけとなっています。

法律の悩みに応えるのは当たり前、それよりもう一歩踏み込んで、経営者がなかなか話せない話の聞き手でありたい。
そして少しでも気持ちの整理や決意のきっかけとなれたら、弁護士としてというよりも、私自身の生き方としてこれほど充実していることはありません。
私はこれからも、このスタンスに確かな手ごたえを感じながら取り組んでまいります。

経営者に、前に進む力を。
弁護士 波戸岡光太
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